映画

【天気の子】RADWIMPS「愛にできることはまだあるかい」歌詞の意味や解釈は?ネタバレ感想!

2019年4月10日に新海誠監督の新作の発表がありましたね!

前回の作品「君の名は。」ではRADWIMPSが劇中歌を担当し、

作品のシーンに合わせて作られた曲が話題になったりしていましたね!

「君の名は。」自体もかなりの人気でしたが、

RADWIMPUSの劇中歌もかなり話題になりました。

 

そんな新海誠監督とRADWIMPSのタッグが

新作で再度組まれるということで、今からかなり気になっている今日このごろです!

ということで今回はRADWIMPSの新曲について確認をしていきたいと思います!

【天気の子】RADWIMPS(ラッドウィンプス)が作曲した主題歌を確認!

まずは早速ですが、RADWIMPSが作曲した主題歌を確認していきましょうか!

現時点で公開されているのが予告編の一部だけなのですがご確認ください!

ということで個人的にはピアノから入る優しい曲ですね!

前作同様に作品の雰囲気を一層際立たせるとても素敵にな曲になっていると思います!

 

ー追記ー

映画が公開されましたね!

そして、愛にできることはまだあるかいのPVも公表されました!

Youtubeを以下に貼っておきますね!

まだ見られてないかたはぜひご確認ください!

愛に関して歌っているのに、

常に野田洋次郎さんが一人で歌っているのが印象的なPVでしたね!

 

特徴的なのは空模様の移り変わりでしょうか?

曇りから始まった空が

画面の移り変わりと共に雪空になり、雷雨に変わる。

そして、最後に雨が降った後に光が差し、晴れになる。

これは歌詞の移り変わりを空模様に写したPVになっているのではないでしょうか。

内容は以下で確認をしていきたいと思います!

 

予告を見てモデルになった場所(聖地)が知りたい方は見てみてください!

【関連記事】
【天気の子】ビル屋上の神社を特定!聖地巡礼のためのロケ地、撮影場所は?画像

【天気の子】RADWIMPS「愛にできることはまだあるかい」歌詞の意味や解釈とは?

今回の主題歌「愛にできることはまだあるかい」の歌詞の意味や解釈を確認していこうと思います!

現時点で確認できる歌詞は以下の通り、

 

愛にできることはまだあるかい?

僕にできることはまだあるかい?

 

相手に対しての気持ちを歌った歌詞で穏やかな曲調に優しい歌い口がとても旨に響いて来ます。

この歌詞には一体どういう意味が込められているんでしょうか?

 

作品のあらすじとしては

離島から家出し東京にやって来た男子高校生・帆高が、祈るだけで空を晴れにできる不思議な能力を持つ少女・陽菜と出会うラブストーリー。

引用:ウィキペディア

といった内容になっています。

ここで重要なのが主人公の男子高校生帆高が家出して東京に出てきている状況ですね!

 

更に新海誠監督も制作発表会見で

『天気の子』は、天候の調和が狂っていく時代に、運命に翻弄される少年・森嶋帆高、少女・天野陽菜が自らの生き方を「選択」し、2人だけが知っている世界の秘密についての物語。

引用:制作発表会見

と話されていきます。

この設定からしても帆高の陽菜への気持ちとも考えられますし、

逆に陽菜の帆高への気持ちとも受け取れますね!

 

 

更に詳細のストーリー設定を確認すると、

 

森嶋帆高(声・醍醐虎汰朗)は、高校1年生の夏の日、自身が暮らす離島から家出して東京にやってきます。

しかし生活力の乏しい高校生なので、生活ができなくなってしまいます。

知り合いのいない東京で、困窮に陥る中孤独な毎日をおくっていました。

やっとのことで見つけた仕事は、怪しげなオカルト雑誌のライター業。

 

そしてそんな帆高の状況を表すように毎日降り続ける雨。

そんな中で、帆高は一人の少女に出会います。

ある事情を抱えて弟とふたりで暮らす陽菜(声・森七菜)は明るくてたくましい少女です。

陽菜は不思議な能力を持つ少女で

陽菜が「ねぇ、今から晴れるよ」というと雨が止んで空が晴れます。

 

天候の調和が狂っていく時代に、

運命に翻弄される少年と少女が自らの生き方を「選択」する物語。

 

という設定になっているそう。

 

このことからも、今回の主人公の男の子も女の子もいわゆる世間からは隔離されてしまった状況で必死に生きていることが伺えます。

そんな二人はおそらくお互いが人とのつながりを強く求めているのではないでしょうか。

そんな中で出会った二人は恋に落ちます。

そして二人は「二人しか知らない世界の秘密」を共有しかけがえのない存在になっていくのではないでしょうか。

 

愛にできることはまだあるかい?

僕にできることはまだあるかい?

の歌詞には自分ではなくかけがえのない相手に向けて自分のすべてを捧げている

とてもストレートに愛を歌った歌詞に聞こえますね!

 

作中の二人は設定として強調されていますが、

現実でもすべての人が他の誰かとの強いつながりを求めていますし、

そして、すべてのカップルや夫婦の間には「二人しかしらない世界の秘密」のような二人にしかない何かを持っていると思います。

きっとこの歌詞は作中の二人だけではなく、

すべての夫婦やカップルにとっても共感できる内容になっているのではないかと思いました!

 

ー追記ー

 

【天気の子ネタバレ】RADWIMPS「愛にできることはまだあるかい」歌詞の意味や解釈・感想!

ここからは天気の子を見ての歌詞の意味や解釈を書いていこうと思います!

一部ネタバレがありますのでもし映画を見ていない方がいらっしゃいましたらご注意ください!

 

 

1番は帆高がみる世界とそこで生きている陽菜への心情

歌い出しの歌詞は

何も持たずに 生まれ堕ちた僕

永遠の隙間で のたうち回っている

と言う歌詞で始まります。

この歌い出しは映画の序盤映画では帆高は自分が住んでいる島から家出をして東京に出てきた心情を歌っていると思います。

 

 

帆高は家出の理由は語られませんが、島での生活に疑問を持ち出てきたと考えられます。

それは作中の序盤に帆高が「ライ麦畑でつかまえて」を持って状況してきたことからも伺えます。

ライ麦畑でつかまえて

J・D・サリンジャーによる長編小説。

主人公のホールデンは社会や大人の欺瞞や建前を唾棄し、その対極として、フィービーやアリー、子供たちといった純粋で無垢な存在を愛し、その結果、社会や他者と折り合いがつけられず、孤独を深めていく心理が描かれている。

帆高の「現状と自分の心情に折り合いがつけられない」状況を歌っているとお思います。

 

それから帆高は東京で生活する為に仕事を探し始めますが、

高校生で身分証も何もない少年を雇ってくれるところはありません。

確かに帆高は東京にいて、周囲もそれを認識しているのにまるで帆高の存在を認めないかのように時間は過ぎています。

 

歌詞の中でも

諦めた者と 賢いものだけが

勝者の時代に どこで息を吸う

と言う歌詞が帆高の心情を映し出していると思います。

諦めて社会との折り合いをつけたもの、賢く立ち回ったものが勝者で、

帆高のように諦めずバカにされながらも自分を貫くものはまるで敗者のようです。

 

勇気や希望や 絆とかの魔法

使い道もなく 大人は目を背ける

また、この歌詞が示すようにそんな帆高を大人たちは無視しています。

帆高は孤独を強めていくことになります。

 

そんな帆高が出会ったのが

マクドナルドでバイトをするしていた陽菜でした。

陽菜は周りの大人たちと違い帆高にこっそりハンバーガーをあげて

帆高を助けます。

帆高もそのハンバーガーの味を「生きてきた中で一番美味しかった」と語っています。

 

しかし、物語が進むにつれて陽菜が母親を無くし、

弟と二人で生きていること、生活に困っていることを知ります。

世界が背中を 向けてもまだなお

立ち向かう君が 今もここにいる

この歌詞は陽菜が諦めずに生きている姿を歌っており、

サビの

愛にできることはまだあるかい

君にできることはまだあるかい

に続いていきます。

2番はどうしようもない世界への戸惑い

二番に入ると世界の不条理が歌われます。

運命とはつまり サイコロの出た目?

はたまた神の いつもの気まぐれ

この歌詞は陽菜が天気の巫女として選ばれたことへの疑問を歌ているのだと思います。

劇中で100%の晴れ女である陽菜は実は選ばれた天気の巫女だと言うことがわかります。

そして、天気の巫女は空を晴れさせるために

人柱として神隠しにあう運命にあることがわかります。

 

陽菜がいなくなってしまうかもしれないとわかった時

二人は「ずっと一緒にいよう」と約束します

しかし、その二人の願いは叶わず陽菜は消えてしまいます。

陽菜を取り戻したい帆高ですが、

家出をしてきたことや銃を所持しているかもしれないという疑惑から警察に補導されます。

果たさぬ願いと 叶わぬ再開と

ほどけぬ誤解と 降り積もる憎悪と

この歌詞はこの時の帆高の心情そのものだと思います。

陽菜との果たされなかった約束や

いくら言葉を重ねてもわかってくれない警察に

陽菜のおかげで晴れたにも関わらずそれを知らずに喜ぶ大人たち

世界の不条理に憤る帆高の心情が歌われています

 

Cメロは帆高の決心と選んだものへの確信

最後のCメロは物語の終盤の帆高の心の動きを歌っていると思います。

 

陽菜を助ける選択肢をとると

晴れがこない雨だけの世界になってしまいます。

何もない僕たちに なぜ夢を見させたか

終わりある人生に なぜ希望を持たせたか

この歌詞にあるように

帆高は自分が陽菜に進めた晴れ女の仕事が、結局陽菜を消してしまう羽目になったことを

またそれ以前に現実から逃れるために島から出てひなに出会ってしまったことを

陽菜が消えたことで晴れたのに周囲は誰もそれを知らないことを悲観します。

 

なぜこの手をすり抜ける ものばかり与えたか

それでもなおしがみつく 僕は見にくいかい

それとも、きれいかい

しかし帆高はただ陽菜に会いたい、助けたいと言う思い警察から逃げ出します。

この歌詞は必死になって陽菜を助けにいく帆高の姿を歌っていると思います。

 

 

映画の最後ですが、

帆高は陽菜を助け出すことに成功します。

しかしそれとともに世界はまた雨ばかりになってしまいます。

 

 

帆高はまた補導され、

保護観察として高校卒業までの三年間島で大人しく過ごすことになります。

その間陽菜とは連絡を取っていません。

三年後帆高は大学進学とともに東京に引っ越します。

 

その時帆高は世界を「雨がやまない世界」にしてしまったことが本当によかったのか悩んでいます。

陽菜にあったらなんと言おうか悩んでいます。

 

しかし、陽菜に会った瞬間自分は間違いなく「この世界を選んだんだと」

「陽菜がいて雨が止まない世界を選んだんだ」と確信します。

 

帆高は陽菜に「僕たちはきっと大丈夫だ」と確信を持って伝えます。

 

歌詞の最後にはそれまで

愛にできることはまだあるかい

僕にできることはまだあるかい

と聞いていたものが

 

愛にできることはまだあるよ

僕にできることはまだあるよ

と確信を持っている歌詞に変わります。

 

帆高が陽菜にできることをしたいと考えて、陽菜に天気の仕事を勧めて手伝った前半とは違い、

例え雨ばかりの世界でも陽菜がいる世界を選んだ今だから確信を持って

愛に、自分にできることはまだあると歌っているのではないでしょうか?

 

まとめ

ということで今回は新海誠監督の新作「天気の子」の主題歌

RADWIMPSの「愛にできることはまだあるかい」の歌詞の意味について確認してみました!

入りからとても引き込まれるピアノに、コーラス。

野田さんの優しい歌い口がとてもグッとくる音楽になっていましたね!

 

愛についてとてもシンプルに歌われた曲になっていそうですし、

何より映画の内容を際立たせる表現が今から楽しみです!

また、これからも続報があると思いますので、

続報があり次第いろいろ追記していきたいと思います!

 

【関連記事】
【天気の子】ビル屋上の神社を特定!聖地巡礼のためのロケ地、撮影場所は?画像