鍵山優真

鍵山優真は父子家庭!母親とは離婚してシングルファザー?脳梗塞や病気の噂も!

鍵山優真さんといえば、男子フィギュアスケート界の新生として注目を集めていますよね。

2019年12月の全日本フィギュアスケート選手権では、羽生結弦選手、宇野昌磨選手に続く3位になり、とて頼もしい存在となっています。

そんな鍵山優真さんですが、実は父子家庭で育ったという噂があるのです。

今回は、鍵山優真さんが父子家庭という噂について、調査しました!ぜひ最後までご覧ください。

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鍵山優真は父子家庭?噂の真相を徹底調査

鍵山優真さんは長野県軽井沢で誕生し、家族構成は両親と姉、弟の5人家族のもと育ちました。

父親はアルベール・リレハンメルオリンピック選手の鍵山正和さん。鍵山優真さんのコーチでもあり、ずっと二人三脚で歩んできました。

鍵山優真さんは父について、「そばにいないとものすごく不安になる」というほど、大事な存在のようです。

鍵山優真さんは5歳でスケートを始めており、小学生のころは毎日のように軽井沢風越公園アイスアリーナに通い、練習していたそうです。

ただ、当時は今ほどスケートの才能が開花せず、一度も表彰されることはありませんでした。

その後、中学進学時に神奈川県横浜市へ引っ越したそうで、中学時代もスケートに打ち込みます。

2018年2月開催の「第38回全国中学校スケート大会」では、総合2位という成績を残し、初めて表彰台にあがりました。

また、初の国際大会であるアジアフィギュア杯では、初優勝を果たしています。

現在は現役高校生である鍵山優真さんですが、だんだん頭角を現し、次期フィギュアスケート界を担う存在であることは間違いないですね。

鍵山優真さんには姉と弟がいるのですが、スケートをやっていないのか、詳細は不明でした。

鍵山優真の母親はどんな人?離婚してシングルファザーとの噂も!画像

鍵山優真さんの母親は一般人のため、これといって情報はなかったのですが、2021年4月に週刊誌で「父子家庭である」ことが明かされています

いつごり両親が離婚したかは不明ですが、父の正和さんがシングルファザーとなり、鍵山優真さんを男でひとつで育てていたようです。

「父ひとり子ひとりの生活」と書かれていたので、お姉さんと弟さんは母親に引き取られたのでしょうね。

「家事もお父さんがすべて担当しており、朝練のときもお父さんに起こしてもらっていた」
女性自身より引用

鍵山優真さんがフィギュアスケートで表彰台にあがるようになり、だんだんとテレビに出る機会も増えたのですが、母に関しては一切露出していませんよね。

また、テレビの密着取材で鍵山優真さんの自宅が写ったときも、「女性が住んでいる雰囲気がない」状態でした。

空港でも鍵山優真さんが父親の車椅子を押して、父と2人分のスーツケースを持っている様子もあり、鍵山優真さんを心配する声もあがっていました。

もし母親がいれば付き添っていたでしょうし、父と息子が2人暮らしというのは、本当なのでしょうね。

父子仲はとても良好のようで、父・正和さんが脳出血になって半身麻痺になった際も、2人で乗り越えてきたそうです。

父・正和さんは鍵山優真さんを大変誇りに思っており、

父・正和父・正和親が言うことではないのかもしれないですけど、よくできた息子じゃないですかね。
(今の好成績は)間違いなくあの子自身が手に入れたものじゃないですかね。
女性自身より引用

と話していました。自慢の息子ということですね。

決して父の力ではなくて、息子が頑張った結果だと話している様子が素敵ですね。

鍵山優真さんは、自分の成績がどのような結果でも、父に元気に滑っているのを見せることが生きがいだと話していました。

鍵山優真の父親はどんな人?脳梗塞で車椅子生活?病気の噂も!画像

鍵山優真さんの父親は、鍵山正和(かぎやま まさかず)さんというフィギュア界では有名な方です。

フィギュアスケートの聖地である愛知県名古屋市出身で、オリンピック選手でもあります。

1992年のアルベールビル、1994年のリレハンメル五輪という2回の冬季オリンピックに出場しています。

アルベールオリンピックは夏季と冬季が同じ年に開催されたのですが、リレハンメルオリンピックから夏冬2年ごとに開催することになり、2年しか離れていなかったのです。

また、父・正和さんは日本人史上初、4回転ジャンプを成功させた偉大な人なのです。フィギュアスケート界のレジェンドとも言われています。

そんな父親のもとで産まれ育った鍵山優真さん。スケートを始めたのは、ある意味当然の結果なのかもしれません。

当時、父の正和さんは富山県内のスケートリンクで勤務しており、鍵山優真さんはそこで初めてスケートを経験しました。

最初は滑るというよりは、新しい遊びを見つけたという感覚で、それがいつの間にかレッスンを受けるようになっていたそうです。

正和さんはスケートの厳しさを知っているだけに、個人スポーツはかなり厳しい環境なので、やめてほしいという思いもあったそうです。

しかし、鍵山優真さんは驚くほどキレイな演技をし、真っすぐな回転軸をしたスピンは、伸びしろがあるセンスが感じられたといいます。

まずは鍵山優真さんのスピンを上達させるところからスタートし、だんだんと難しいレベルに挑戦していったそうです。

鍵山優真さんのコーチは父ですが、振付師は佐藤操さんという横浜銀行アイスアリーナ所属の方です。

佐藤講師もかなり有名な方で、佐藤光彬選手や田中刑事選手の振付でも知られています。

鍵山優真さんにとって、父と同じく欠かせない存在なんですね。

そんな親子ですが、なんと正和さんが突然病魔に襲われてしまいます。2018年6月23日のことでした。

鍵山優真さんがまだ15歳のときで、ちょうどジュニアグランプリシリーズ選考会が終わったころでした。

父が倒れたという知らせを聞いて、鍵山優真さんはパニックになりながらも病院に向かいます。

詳しい病名は明かされていませんが、車いすや杖を使っているため、脳梗塞や脳出血の可能性で、下半身に麻痺が残っているのかもしれません。

鍵山優真さんは、うまれて初めて、父不在の中で練習しなければいけない状態になりました。

そして、鍵山優真さんはジャンプの動画を撮って正和さんにラインを送り、アドバイスをもらうという方法をとったそうです。

父が元気になったときに、必ず良い結果を見せたいと思っていたので、ひとりでも頑張ることができたといいます。

鍵山優真さんは父のように後輩の面倒をみたり、自分で練習メニューも自分で考えるようになります。

半年後、やっと正和さんが退院してリンクに戻ってきたときは、一回りも二回りも成長した鍵山優真さんの姿があったそうです。

そして、2019年の全日本では、3位入賞を果たしています。父はとても驚いた様子でしたが、大変喜んでくれたそうですよ。

父の病気を乗り越えて、大きく成長した鍵山優真さん。スケートの技術も、確実に受け継いでいるようですね。

まとめ

今回は、鍵山優真さんが父子家庭いという噂について紹介しました。

両親と姉・弟の5人家族で育った鍵山優真さん。離婚時期は不明ですが、高校に入るころには父子家庭になっていたようですね。

父は元フィギュアスケート日本代表選手で、今までもこれからも二人三脚で勝利をつかみ取っていくことでしょう。

今後、フィギュアスケート選手としてますますの活躍を応援したいですね!最後まで御覧いただきありがとうございました。

 

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