鈴木亮平

鈴木亮平が頭いい?高校は偏差値58の芦屋南高等学校!東京外国語大学は浪人?学歴まとめ

2021年春ドラマ「レンアイ漫画家」で主演をつとめている鈴木亮平さん。

徹底した役作りで知られており、「俺物語!!」「西郷どん」など、多数の人気作品に出演していますよね。

そんな鈴木亮平さんですが、かなりの高学歴ということが話題になっているのです!

今回は、鈴木亮平さんの学歴について調査しました!ぜひ最後まで御覧ください。

鈴木亮平の学歴まとめ!出身中学はどこ?

鈴木亮平さんは兵庫県出身で、地元にある西宮市立今津中学校に通っていました。

実は小学生のころから英語を勉強しており、英会話教室「YMCA」に通い、中学時代も3年間通い続けていたのです。

鈴木亮平さんの父親は建築家だったそうで、昔にしては珍しく、「男女平等」の考えを持っていました。

そのため、家事や育児もお母さんにすべて任せるのではなく、分担していたそうですよ。

鈴木亮平さんは一家全員洋画が好きということもあり、なんと小学1年生の時にはすでに洋画を字幕なしで見ていたといいますから驚きですね。

すでにそのときから、役者や英語に興味を持っていたそうです

また、鈴木亮平さんの叔父が海外で生活していたこともあり、7歳のときに生まれて初めてアメリカに行って、ユニバーサルスタジオやディズニーランドに行ったことを話していました。

当時はもちろん英語が離せなかったのですが、教えてもらった単語を外国人相手に話し、伝わったことがとても嬉しかったそうです。

鈴木亮平さんが海外や英語に強く惹かれるようになったのは、幼い時の経験からだったようですね。

そんな中、鈴木亮平さんが小学6年生のときに阪神淡路大震災が発生し、地元は甚大な被害をうけました。

鈴木亮平さんは児童会長を務めていたのですが、小学校の体育館が避難所になったため、卒業式を屋外でおこない、祝辞を述べたそうです。

中学進学後はますます意欲的に英語を学び、中学2年生のときに英会話教室の企画で、オーストラリアに10日間ホームステイをしています。

また、中学3年生のときにはアメリカに1か月間ホームステイをしたそうで、かなり英語に触れる機会があったようですね。

成績優秀だった鈴木亮平さんは運動も得意で、バスケットボール部に所属していたそうですよ。

鈴木亮平の高校は偏差値58の芦屋南高等学校?

中学卒業後、鈴木亮平さんは兵庫県にある芦屋南高校国際文化科に進学します。

偏差値58の優秀な高校で、現在は中高一貫の国際高校となっているようですね。

優秀な生徒が非常に多く、関西学院大学への進学率も高いそうで、特に英語の授業に力を入れています。

鈴木亮平さんは洋画が好きだったため、もっと英語を学びたいと思い、英語教育に力をいれている同校に進学します。

芦屋南高校国際文化科は40名1クラスのみで、圧倒的に女子が多く、鈴木亮平さん含む男子はクラスに3名しかいなかったそうです。

高校時代はバスケットボール部に所属し、センターを務めたりとスポーツも万能だった鈴木亮平さん。

同級生にはモデルとして活動しているミカエルさんがいたそうで、今でも親友だそうですよ。

鈴木亮平さんは女子ばかりのクラスにいたからか、いつも見た目に気を使ってトイレで髪を整えていたそうです。

この高校は留学を推奨しており、交換留学制度を利用して、高校1年生のときにアメリカのオクラホマ州に1年間留学しています。

留学期間は休学扱いになるため、高校に4年間通ったそうですよ。

オクラホマ州は自然が豊かで、留学中によくスカンクを見たり、野生の王国だったそうです。

この地域はかなりの田舎で、日本人がほとんど住んでいないエリアだったので、英語もかなり上達したそうです。

また高校1年生の時に、交換留学制度を用いてアメリカ・オクラホマへの語学留学を経験しています。

留学する前はアメリカの青春ドラマ「ビバリーヒルズ青春白書」のような生活を想像していましたが、かなりの田舎だったため、そのギャップにびっくりしたそうですよ。

牧場や農場がたくさんある田舎町で、車がないととても生活できないような環境だったようです。

また日本のことを知らない人ばかりで、ジャッキー・チェンのことを日本人だと思われていたそうです。

ただ、とても充実した留学生活だったそうで、卒業記念のプロムに特別参加したり、学内人気投票で1位に選ばれたりと、しっかり青春を味わったみたいですね。

留学中には留学生のドイツ人に恋をして、彼女を口説くためにドイツ語を猛勉強したそうです。

そのため、ドイツ語がみるみる上達し、「全国高校生ドイツ語スピーチコンテスト」で優勝を果たしています。

また、高校時代には阪神ファンだったことから、甲子園球場でビール売りのアルバイトをした経験もあります。

その当時から俳優になることを希望していたのですが、進学校ということもあり、周りから笑われてしまったそうですよ。

そんな周りの反応をうけて、もともと負けず嫌いだった鈴木亮平さんの心に火がついたと話していました。

鈴木亮平の最終学歴を確認!東京外国語大学は浪人の噂も?

鈴木亮平さんは高校卒業後、東京外語大学外国語学部欧米第一過程英語専攻に入学しています。

この学部は偏差値68の難関大学として知られており、国立外語大の中では最高峰のエリートです。

鈴木亮平さんは高校時代に1年間留学していたため、同年代より1年遅れて入学したようですね。

この学部は東京外語大学の中でも花形といわれており、帰国子女や語学力がある生徒ばかりで、卒業後は外資系商社や外務省に入る人も多いとか。

入学試験もかなり難易度が高く、英語の試験時間は150分もあり、難解な長文や英作文を解かなければいけません。

そんな学部に一発合格できたのですから、鈴木亮平さんの英語力がいかに高いかが分かりますね。

さらには英検1級も取得しているそうで、このときにはすでに通訳なしで流りょうな英語を話すことができたようです。

鈴木亮平さんは自身の経験を活かし、「中学英語で世界一周!」という本も出版しています。

帰国子女でもないのに、ここまで英語力を身につけられたのは、本人の努力の成果だと言えますね。

また、大学時代にNHKでアルバイトをしていたそうで、主に報道番組のアシスタントをしていたそうです。

NHKがアルバイトを採用しているのは意外ですが、基本的に雑用係だったそうですよ。

ネット上で旬なトピックスを洗い出したり、取材に同行してサポートするような仕事をしていました。

報道番組ということもあって、専門用語が多く飛び交い、かなりハードなアルバイトだったようです。

また、俳優を目指すため、演劇サークル「劇団ダダン」で演技を学んでいたといいます。

「最初の公演後にお客さんを見送るとき、よかったよと言ってもらえたり、なかには泣いている人がいたり。こんなに他人の気持ちに影響を与えられるんだと。絵画とか音楽とか、いろんな表現方法がありますけど、人間関係をその場で再現してみせるというのは、実生活にいちばん近いと思ったんです。その破壊力にハマってしまいました」
芸能人学歴.comより引用

大学時代は本格的に演技に没頭していまさいたが、特に芸能事務所へのコネもなく、「本当に役者になれるのか?」と不安だったといいます。

実際、50社以上の芸能事務所に入所拒否されており、最終的に背が高いことを理由に、モデル事務所に所属しました。

当初は「友近亮平」名義でモデルとして活動しており、当時ファンだった女芸人の友近さんから芸名を文字ったそうです。

モデル時代は筋肉質だったことから、水着キャンペーンボーイも務めたり、マルチに活動していたそうですよ。

数々のオーディションに落ち続けたことで、度胸もついて、今の俳優業に活かされているといいます。

大学卒業後、モデル事務所がホリプロと提携を結んだことで、鈴木亮平さんにも役者の仕事が舞い込んできます。

23歳になると「アクターズクリニック」に入所し、映画監督・塩谷俊さんの指導をうけ、本格的に演技を学びました。

このスクールは、相武紗季さんや桐谷健太さん、向井理さん、深田恭子さんといった大物芸能人も通っていたのです。

その後、ドラマ「レガッタ~君といた永遠」で念願の俳優デビューを果たしました。

まとめ

今回は、鈴木亮平さんの学歴について紹介しました。

幼少期から英語に触れる機会があり、中学時代からホームステイ、高校生のときは留学と、さまざまな経験をしていたのですね。

東京外語大学という超難関大学に進学し、そこでも英語を勉強しつつ役者を目指していた鈴木亮平さん。

今後もたくさんの作品に出演していってほしいですね!最後まで御覧いただきありがとうございました。

 

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