人気バンドBUMP OF CHICKENのボーカル兼ギタリストとして活躍し、ほぼ全ての曲で作詞・作曲を担当している藤原基央さん。
BUMP OF CHICKENは誰もが知っていますが、メディアに露出することが少ないので藤原基央さん個人はミステリアスで謎が多いイメージですよね。
今回はそんな藤原基央さんの出身や実家について調査しました。
昔や若い頃の画像も確認していきます。
ぜひ最後までご覧ください。
藤原基央の出身は秋田県秋田市!エピソードも
藤原基央さんは1979年4月12日生まれです。
秋田県秋田市で産まれていますが、幼稚園の入園前には千葉県に引っ越しをしているみたいです。プロフィールも千葉県出身となっているものが多いようです。
ラジオ番組に出演した際には最近キテる食べ物は?という質問に「おせんべい」と答えていました。
藤原基央さんは生まれ故郷である秋田のせんべいが小さい頃からずっと好きだそうで、秋田に行く機会があった時にはメンバーにお土産として渡したこともあるそうです。
そのおせんべいは塩味であらためて美味しいなあと感じたと語っていました。
秋田には子供時代のほんの短い間しか住んでいなかったようですが、故郷の味として印象に残っているのかもしれませんね。
藤原基央の実家住所は千葉県佐倉市との噂も?真相を徹底調査!
藤原基央さんは先ほどもこ紹介した通り、幼稚園入園前に秋田県秋田市から千葉県佐倉市に引っ越したそうです。
学生時代は千葉県の佐倉市で過ごしたこともあり、実家は佐倉市内にあると思われますが、詳しい住所については明らかになっていません。
藤原基央さんは佐倉市立王子台小学校に通われていました。この小学校の学区内に実家があると思われます。
BUMP OF CHICKENのメンバーとは幼稚園の頃から幼馴染ですが、藤原基央さんだけ違う小学校だったそうです。
子供の頃からお姉さんの影響で洋楽を聞いていてマイケル・ジョクソンのファンで家のテレビには録画した映像が常に流れていたそうです。
お姉さんとは日本のポップスをハモって遊んだりもしていたそうです。
また幼少期からピアノを習っていて、作曲もしていました。
中学校も地元の佐倉市立臼井西中学校に通っていてここではBUMP OF CHICKENのメンバーが全員一緒だったそうです。
4人揃ってバスケ部に入部していたそうですが、万年補欠でした。部活中には体育館の倉庫で過ごしていてメンバーともそうした経緯で仲良くなったようです。
バンドの結成のきっかけは中学3年生の時の文化祭で「ハゲバンド」というバンドを結成したことで、ビートルズなどの洋楽のコピーを演奏したそうです。
藤原基央さんは小学校・中学校と佐倉市内の公立校を卒業されていることからも転居をされていなければ実家は千葉県佐倉市内にあると思われます。
藤原基央の昔や若い頃の画像も確認!
藤原基央さんといえば長い前髪が特徴的ですが、昔や若い頃の画像を確認してみましょう。
小学校の卒アルの画像がこちらです。爽やかな少年で今の面影はあまりありませんね。こんなに目が出ている藤原基央さんの姿はレアですね。
中学生時代の画像がこちらです。この頃から前髪が長めですね。
10代の頃は茶髪で目は隠れていません。ずっと前髪が長かった訳ではないようですね。
当時からほっそりとした体型は現在まで変わっていませんね。
2000年3月発売のアルバム「LIVING DEAD」の頃の20代前半の藤原基央さんです。
今とあまり変わっていないように思います。
2001年にブレイクした「天体観測」の時の藤原基央さんです。
2003年頃の金髪姿の藤原基央さんもかっこいいですね。
2008年頃の藤原基央さんはかなり前髪が長めですね。20代後半ということもあり髪は黒髪に戻ってますね。
2014年頃の藤原基央さんがこちらです。
ストレートヘアからふんわりナチュラルな感じで落ち着いていますね。
2018年頃の藤原基央さんです。体型がほとんど変わっていないので、2001年の天体観測の頃とあまり変わっていないように見えますよね。
そして現在、2021年の藤原基央さんがこちらです。40代ですが全く見えないですよね。老けないことがとても羨ましいです。
藤原基央さんは若い頃からずっと前髪が長めでほっそりしていてほとんど変わっていませんでした。
まとめ
いかがでしたか?
今回は藤原基央さんの出身は秋田県秋田市!実家住所は千葉県佐倉市との噂も?昔や若い頃の画像も確認!について調査しました。
藤原基央さんは秋田県秋田市に生まれ、幼少期に千葉県佐倉市へと引っ越しをしていていたことがわかりました。
昔や若い頃から体型が変わらずほとんど変わっていませんでした。昔から変わらず前髪が長めでほっそりとしていてカッコよかったです。
今後も藤原基央さんの活躍を応援していきます。
最後までご覧くださりありがとうございました。