氷川きよし

氷川きよしの学歴は?出身高校は偏差値38の福岡第一商業高校!学生時代からモテモテだった?

演歌歌手として第一線で活躍し続けてきた氷川きよしさん。

デビュー20周年を迎え新たな新境地を開拓しファンを拡大し続けています。

2021年の大晦日に行われる紅白歌合戦の出場も決まり、これで紅白には22度目の出場で日本を代表する歌手の一人ですね。

今回は氷川きよしの学歴は?出身高校は偏差値38の福岡第一商業高校!学生時代からモテモテだった?について詳しくご紹介させていただきます。

スポンサーリンク

 


氷川きよしの学歴を調査!出身中学は?

氷川きよしさんの出身中学は、福岡市立高宮中学校で1993年に卒業しています。

福岡市立高宮中学校は公立校ながら、これまでにタモリさんや高橋真梨子さん、森口博子さんや博多華丸さんも同校の卒業生です。

中学時代にCHAGE & ASKAに憧れていて、将来は歌手になりたいという気持ちを強くしていますね。

同校の卒業生で歌手の森口博子さんがドキュメント番組で母校に来るシーンを見て、自分も歌手として何となくできるのではないかと思ったと話しています。

-中略-

「中学の時に森口先輩がすごく活躍されていて、ドキュメントの番組をやっていて、高宮中学校に来るシーンがあって、何か近く感じて、自分ももしかしたら歌の道に行けるんじゃないかなっていう錯覚してしまって」

引用:デイリー

氷川きよしさんの心に残っている曲は、森口博子さんの「ETERNAL WIND~ほほえみは光る風の中~」に強い影響を受けています。

中学時代の氷川きよしさんは同級生の前で歌を披露すると、同級生から「歌手になれる」と言われ自信をつけていきます。

中学2年生の時に平尾昌晃さん主催の音楽教室のオーディションに合格するも、経済的な理由から音楽教室に通うのを断念していますね。

新聞配達のアルバイトをしてレッスン代を工面しましたが、レッスンに通えるだけ稼げなかったことを思うと複雑です。

音楽教室に通い始めた氷川きよしさんはアイドル歌手を目指していましたが、中学時代は太っていて髪型も丸刈りで「デブきよし」と呼ばれていました。

幼い頃から歌うことが大好きだった氷川きよしさんは、甘い物も大好きで近所にケーキ屋さんがあり頻繁にケーキを食べていたそうです。

デブきよし」と呼ばれていたなんて信じられませんが、「デブきよし」と呼ばれることが嫌で中学1年のときから寒天ダイエットに挑戦しスリムになっています。

太っていたことでいじめの対象になってしまったことで、ダイエットを決意し成功した精神力の強さに脱帽ですね。

中学を卒業する頃にはスッキリ痩せて現在の面影を感じます。

一時は二重アゴもあるぽっちゃり体型だったのが、中学を卒業する頃にはスッキリして痩せ過ぎといわれるほど変身しましたね。

中学時代にいじめられた経験を生かし、歌手になってから「メトロノーム」という曲を発表し幼少期から抱えていた悩みを歌っています。

メトロノーム」は幼少期から苦悩した自分自身への歌でもあり、同じように悩める子供たちへ捧げた曲ですね。

中学時代にはいじめを経験し人の痛みがわかるからこそ、氷川きよしさんの歌は多くの人の心に響くんだなと思います。

氷川きよしの出身高校は偏差値38の福岡第一商業高校?頭が悪かった?

氷川きよしさんの出身高校は、福岡第一商業高校でインテリアデザイン科を卒業しています。

福岡第一商業高校の偏差値37~41で入学するのは容易といわれています。

バスケットボール:インターハイで4回優勝経験のある強豪

野球:夏の甲子園大会に福岡県代表として2回出場

吹奏楽部:日本代表としてウィーンの世界大会で2回優勝

引用:エンジェルニュース

現在は第一薬科大学付属高校に改称していて、九州で唯一となる芸能コースを設置していることでも知られています。

またネット上で氷川きよしさんは頭が悪いとの噂もありますが、過去に出演した人気クイズ番組「ネプリーグ」での凡ミスが影響してると思われます。

高校時代は芸能部に所属し毎日のようにカラオケのレッスンを受けますが、顧問の先生は演歌しか知らず当時は仕方なく演歌を学んでいました。

最初は演歌に興味がなかった氷川きよしさんも、演歌に触れていくうち演歌の人情やハートを感じたと話しています。

「自分でも、演歌を聴いたり、歌ったりしているうちに『こんな世界があったんだ!』と面白くなってきて。こぶしなんかも分かってきて、どんどんのめり込んでいきました。演歌に出会わせてくれた先生には、今でも感謝しています。」

引用:Yahoo!ニュース

高校を卒業間際に老人ホームで演歌を披露したところ、氷川きよしさんの歌声を聴いたお年寄りは感動して涙したそうです。

自分の歌で涙している姿を見た氷川きよしさんは、「演歌歌手になろう!」との思いを強くしていますね。

そして高校3年生の頃にNHK「BS歌謡曲あなたが一番」に出場し、歌手で作曲家の水森英夫さんから直々にスカウトされます。

高校卒業後はプロの歌手になるため福岡から上京していますが、上京当時は帰るための飛行機代もなく故郷には二度と戻れないと覚悟していました。

上京し水森英夫さんの弟子になるもデビューの目処は立たず、3年半近く朝9時から夜6時までファミレスでアルバイトしプロ歌手を目指しています。

下積み時代は歌のレッスンはもちろんのこと、雑巾がけや水森英夫さんの身の回りの世話などもしていました。

何度も破門されそうになりながらも、必死に耐え23歳の時に「箱根八里の半次郎」でプロデビューを果たします。

デビュー曲「箱根八里の半次郎」はいきなり大ヒットし、NHK紅白歌合戦に出場し演歌界のプリンスとして大ブレイクしていますね。

圧倒的なルックスと歌唱力は演歌界の枠を超え、2000年の日本を代表する歌手なのは間違いありません。

きよしは学生時代のもてエピソードを調査!

老若男女問わず愛される氷川きよしさんですが、学生時代は女性から告白されることも多く昔からモテモテでしたね。

告白された女性全員と付き合っていたことも告白し、二股になることはありませんが一人の彼女との交際期間は短かったと話しています。

中学生の頃は太っていた氷川きよしさんでしたが、高校時代は高身長イケメンで歌もうまく学校でモテモテなのも納得ですね。

高校1年の時にはバレンタインデーでチョコを10個以上貰っていたそうで、当時から演歌界のプリンスの片鱗を見せています。

告白された女性全員と短いとはいえ交際してきたのは、氷川きよしさんなりの優しさながら誤解されるかもしれませんね。

本来なら女性からモテモテなのは嬉しいところですが、ジェンダーレスな氷川きよしさんにとって複雑な日々だったと思います。

デビュー直後の氷川きよしさんは好青年であどけなさも残りますが、爽やかで優しい雰囲気が表情からも滲み出ていますね。

ちなみに氷川きよしさんの芸名「氷川」は、所属事務所の近くにあった「氷川神社」から名付けられています。

またビートたけしさんが氷川きよしさんの名付け親との情報もありますが、実際は事務所の会長が名付け親で話題作りでビートたけしさんが名付け親と言っていたそうです。

3年半の下積み生活を経験し「若い男の演歌歌手は売れない」との言われていた時代でも、氷川きよしさんは演歌と真剣に向き合ってきました。

デビューを勝ち取ってからも本来の自分と違う姿を貫き通し、新しい氷川きよしとしての第二章が始まりましたね。

これからは「新生 氷川きよし」としての活躍も楽しみですし、新たな新境地を開拓して進化する氷川きよしさんから目が離せません。

まとめ

いかがでしたか?

今回は氷川きよしの学歴は?出身高校は偏差値38の福岡第一商業高校!学生時代からモテモテだった?について紹介しました。

現在はスリムでイケメンな氷川きよしさんですが、中学時代は太っていた姿から努力をして現在の姿になっていたのは意外でしたね。

裸一貫で福岡から上京し退路を断ち下積み生活を乗り越え、現在では誰もが知る日本を代表する歌手に成長しています。

これからも氷川きよしを応援し続けていきます。

最後までご覧くださりありがとうございました。

 

スポンサーリンク