橋下徹

橋下徹は過去にラグビーの花形選手だった?子供(息子2人)もラグビー選手で弁護士?

元大阪府知事で弁護士の橋下徹さんといえば、現在は政治コメンテーターとしてもテレビ番組で活躍していますね。

想像を絶する過密スケジュールだった政治家時代でも、元ラグビー選手として鍛え抜かれた精神力で修羅場をくぐり抜けてきました。

橋下徹さんの息子2人もラグビー選手として活躍し、父親の背中を追いかけてラグビーに打ち込み成長しています。

今回は橋下徹は過去にラグビーの花形選手だった?子供(息子2人)もラグビー選手で弁護士?について詳しくしご紹介させていただきます。

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橋下徹は過去にラグビーで全国大会に出場!ポジションは左ウィングでチーム随一の俊足!

橋下徹さんは大阪で進学校として知られる北野高校の出身で、高校3年の時にラグビー全国大会に出場しています。

ポジションは左ウイングだった橋下徹さんの最大の武器は、50m走6秒フラットの俊足で得点を量産していました。

高校1年の頃にはレギュラーの座を獲得した逸材でしたが、あまり練習しなかったので監督から責任を持たせるためキャプテンに任命されます。

橋下徹さんが全国大会に出場した1987年といえば、初めてラグビーW杯が開催された記念すべき年に北野高校は快進撃を続けました。

当時の北野高校は46年ぶりに全国大会の切符を掴むと、北野高校は3回戦でラグビー名門校である伏見工業に敗れるも今でも伝説の名勝負として語り継がれています。

北野高校と伏見工業の一戦は昭和の名勝負であり、北野高校の快進撃を支えた一人が橋下徹さんなのは間違いありません。

橋下徹さんが北野高校ラグビー部のキャプテンになってからは、相手のデータを収集し今までの練習方法を全て変えチームは強くなりました。

練習ではチームメイトとランニングしながら、試合での状況判断をチームで共有し北野高校は全国大会で勝利するまでになります。

 

伏見工業との一戦を前に橋下徹さんはマスコミのインタビューに、「3トライを決める」と宣言するも相手チームが激怒した一幕がありました。

試合には敗退し北野高校ラグビー部でしたが、名門校の伏見工業にあと一歩まで迫ったチーム力は見事でしたね。

橋下徹さんが過去にラグビーで全国大会に出場したことは、テレビで橋下徹さんを見ている人の中には知らない人も多いかもしれません。

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橋下徹は高校時代にラグビーの花形ポジションだった!【画像】

橋下徹さんは北野高校で左ウイングとして活躍していますが、左ウイングはチームの中で一番スピードがある選手が担うポジションですね。

ラグビーのポジション「ウイング」は点を決める重要なポジションで、ラグビーの中でも花形ポジションで誰でもなれるポジションではありません。

ラグビーはポジションによって担う役割が違いますが、その中でもウイングのポジションはチームの運命を左右する重要なポジションです。

ちなみに現在の大阪府知事である吉村洋文さんも高校時代ラグビーに打ち込み、橋下徹さんと同じ左ウイングとして活躍していました。

北野高校で橋下徹さんの後輩にあたる廣瀬俊朗さんは、元日本代表でキャプテンも務めた名選手として知られています。

廣瀬俊朗さんは結果的にラグビー全国大会出場は叶わなかったことを考えると、いかに当時の橋下徹さんがすごかったかが伝わると思います。

橋下徹さんは左ウイングとして高校日本代表候補になったほどで、圧倒的なスピードは全国大会でも発揮されました。

橋下徹の子供(息子2人)もラグビー選手で弁護士?

橋下徹さんの次男と三男もそれぞれの高校でラグビー部に所属し、父である橋下徹さんの背中を追いかけ同じ道を歩んでいます。

家で次男と三男はお互いに身体を鍛えることを競い合う日々で、ご飯を食べる量も競うほど互いに切磋琢磨していますね。

橋下徹さんの次男と三男は19年に開催されたラグビーW杯をきっかけに、サッカーからラグビーに転校しています。

 

三男は幼稚園から中学まで続けていたサッカーを辞める決意をしたのも、ラグビーW杯での日本代表の快進撃も大きく影響していると思いますね。

次男の通う高校については公表されていませんが、三男は橋下徹さんと同じ北野高校に進学しラグビー部に所属しています。

長男は剣道部だったそうで司法試験を受けるために勉強中で、3人の息子とも父の背中を追いかけているのは素敵ですね。

橋下徹さんは息子たちに全国大会に出場した話をしても、当時は大阪のレベルが低かったんだろうと父親の言葉に半信半疑だったそうです。

そこで橋下徹さんは同級生から当時の試合のDVDを借り、息子たちに見せたところ「速い!上手い!」と声を上げました。

息子たちの光景を見た橋下徹さんは父として最高に至福の時間で、息子たちとラグビー談義をすることもあると話していましたね。

父と同じ道を歩み出した息子たちの姿こそが、橋下徹さんの大きな原動力で逆境にも負けない精神力の源だと感じました。

まとめ

いかがでしたか?

今回は橋下徹は過去にラグビーの花形選手だった?子供(息子2人)もラグビー選手で弁護士?について紹介しました。

橋下徹さんの高校時代はラグビーで全国大会に出場し、後に司法試験に合格するなど文武両道で優秀なのは間違いありません。

もし大学でもラグビーを続けていれば、日本代表として活躍した可能性を大いに秘めた逸材なのは本当に驚きですね。

2人の息子もラグビー部で奮闘しているので、橋下徹さんのように全国大会で活躍する日も近いかもしれません。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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