ドラマやCMなどさまざまな作品に出演している吉岡里帆さん。
とても可愛い笑顔で男性ファンも多い女優さんですが、どのような学生時代を送っていたのかが気になりますよね。
今回は、吉岡里帆さんの学歴について調査しました!ぜひ最後までご覧ください。
吉岡里帆の学歴を確認!出身中学はどこ?
京都府出身の吉岡里帆さんは、高校まで京都府内の学校に通っていました。
地元にある京都市立広沢小学校出身で、小学校2年生から書道をはじめていました。
小さい頃から書道家になることが夢だったそうで、今では書道八段の腕前です。
その一方で、小学生時代に「金曜ロードショー」「ゴールデン洋画劇場」をよく見ていたそうで、そのころから映像関係に興味はあったようです。
「うちは父親がすごく忙しい人だったので、土日にディズニーランドに行くとか温泉に行くとか、そういう休日があまり過ごせなかったんです。その代わり、夜にお父さんが帰ってきたら一緒に『金曜ロードショー』や『ゴールデン洋画劇場』を観たり、ドラマ観たりするのが、家族で過ごす大切な時間だったんです」
matomediaより引用
また、父の趣味で家族みんなで落語の寄席に行くことも多かったそうです。
小学校卒業後、京都市立嵯峨中学校に進学した吉岡里帆さん。
当時、上野樹里さん主演の映画「スイングガールズ」を見て、吹奏楽部に入部し、アルトサックスを吹いていました。
また、15歳のときに初彼氏ができたそうです。とっても可愛い吉岡里帆さんなので、意外ですよね。
ドラマを見るのも大好きで、「ケイゾク」「HERO」などのヒット作を良く見ていたそうです。
吉岡里帆の母校は偏差値70の嵯峨野高校?頭がいいと話題!
吉岡里帆さんは京都府立嵯峨野高校出身です。なんとこの高校は、偏差値65の超難関校です。
京都府立嵯峨野(さがの)高等学校は、京都府京都市右京区常盤段ノ上町にある府立高等学校です。
また、スーパーグローバルハイスクール、ユネスコスクール、スーパーサイエンスハイスクールに加盟しており、国内でも有数の名門高校なんです。
松原千明さんや三世桂枝三郎さんなど、たくさんの有名人を輩出している高校でもあります。
吉岡里帆さんは高校時代、軽音楽部やソフトボール部のマネージャーに入りましたが、友人に誘われて軽い気持ちで入ったということもあり、すぐに辞めてしまいます。
軽音楽部に関してはガールズバンド「さくらん」を組んだのですが、どのように活動していいかわからず、結局すぐに解散したそうです。
「クラスの女の子に「軽音楽部、一緒にやろう」って誘われて。蜷川実花さんの『さくらん』って映画があって、「すごい好き!」って話をしていたんです。ちょっと和風で、イケテル曲みたいなのができたらいいねって。丸パクリで「さくらん」ってグループ名で1回メンバーになったことがあるの。ちなみに中学のときに、アルトサックスを吹いていて、「里帆はアルトサックス吹いてくれたらいい」って言われていて(笑)。そこからまったく活動しなかったです」
芸能人学歴.comより引用
それからは勉強とアルバイトに明け暮れ、授業前の予習や、大学進学コースの特別授業に参加したり、とても忙しい日々を送っていました。
しかし、勉強漬けの日々を送ることに息苦しさを感じて、大学進学を目指していたものの、目標が見つからなかったそうです。
高校2年生のときはシンガポールとマレーシアに修学旅行に行く予定だったのですが、前日にパスポートを紛失し、参加できないという悲しい事態に陥りました。
また、実家が映画の撮影で有名な太秦にあったのですが、その縁で高校3年生のときに映画「天地明察」にエキストラ参加します。
そのときに同志社大学の演劇部部員と仲良くなり、つかこうへいさんの舞台「蒲田行進曲」「銀ちゃんが逝く」を観劇し、女優になりたいと思うようになります。
「私は当時まだつかこうへいさんをよく知らなかったので、その時に、なんだこの面白い戯曲はと思ってて。それで調べたら、むちゃくちゃ有名で、どうりで!って(笑)。18歳の多感な時期じゃないですか。余計にワーッとこみあげてくるものがあって。このこみあげてくる感じはすごく信じられるな、偽物じゃない感動だなと思って舞台に憧れ始めたんです」
matomediaより引用
それからは学生演劇へ参加するようになり、俳優養成所に通って自主制作の映画で主演をつとめたりと、着実に演技の経験を積んでいきます。
吉岡里帆の最終学歴を確認!京都橘大学は転学の噂?
吉岡里帆さんは高校卒業後、京都橘大学文学部書道コースに進学します。
このコースは偏差値48でしたが、古くから書道に定評があるため、この大学を選んだそうです。
1学年あたり20人ほどしか生徒をとらず、関西で有数の書道家が講師をつとめています。
しかし吉岡里帆さんは、女優の仕事への憧れが強く、演技のレッスンをうけるため京都と東京を往復する日々をすごしていました。
東京を選んだ理由はシンプルに仕事が多いということで、テレビや映画の大半は東京で作られているから、と思ったそうです。
また、東京への交通費を稼ぐため、歯科助手や居酒屋、カフェなど多数のアルバイトをしていました。
その後、途中で京都橘大学から他の大学に転学しています。おそらく東京の大学だと思いますが、どこの大学かは明らかになっていません。
それから女優の仕事と並行していたこともあり、卒業するのに5年かかったそうです。
上京資金がなかな貯まらず、滋賀県大津市の大津プリンスホテルでアルバイトをして、1年間かけて資金を集めたそうです。
芸能事務所「エーチーム」の社長に懇願し、無事に事務所に所属することができます。
社長に熱意をぶつけたそうで、「ここの看板女優になるから、すぐ入れてください。めちゃくちゃ働くから」とせまったそうですよ。
また、その前にマネージャーと喫茶店で面接をしていたのですが、店内で演技を披露します。
お店の中にもかかわらず、一切動じずお芝居をしたため、マネージャーが「いける!」と思ったそうです。
その後、23歳のときに映画「星を継ぐ者」の主演をつとめますが、特に話題にはなりませんでした。
それから日々オーディションを受けますが、落選する日々が続きます。
その後、事務所の方針でグラビアアイドルとして活動しますが、本人は当初とても嫌だったそうです。
しかし、だんだんと注目されるようになり、 だんだんとやりがいを感じるようになりました。
それから徐々に女優の仕事も入るようになり、ドラマや映画にも起用されるようになります。
そして、2015年放送のNHKの朝ドラ「あさが来た」で、最終選考までヒロインオーディションに残るようになりますが、ヒロインには選ばれませんでした。
しかし、制作サイドの目に留まり、ヒロインの娘の友達役として出演することが決定します。
とてもコミカルな役を見事に演じきり、この出演が転機となって、一気に大ブレイクとなりました。
まとめ
今回は、吉岡里帆さんの学歴について調査しました。
京都出身で地元の学校に通っていた吉岡里帆さん。なんと偏差値65の超名門高校出身だったのですね。
大学までは書道家を目指していたものの、女優になるために転学し、5年で卒業しているようです。
今後も女優としてたくさんの活躍を期待しています!最後までご覧頂ありがとうございました。